ご挨拶

 世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住みついた。彼らは「レンガをつくり、それをよく焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。彼らは「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。
 「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられないようにしてしまおう。」
 主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。
(創世記第11節。出典「聖書−新共同訳−旧約聖書続編付き」、財団法人日本聖書協会発行 2000年)


 旧約聖書創世記の中の、有名な「バベルの塔」の逸話です。確かに世界の人々が互いに異なる言語と文化を持ったことによって、人類は互いに争い合い、言語のギャップは世界文明の進歩を著しく緩慢にした一因となってきました。かく申す当サイトの管理者である筆者も、「英語がもう少しできれば」などと日頃悩んだりしている者の一人です。
 しかしながら、人類が様々な言語と文化を持つことにより、多様性が育まれ、相互にそれが作用し合って文明を推し進めてきたことも事実でしょう。全人類が共通の言語と文化と思考方法を持っていたならば、確かに文明の進歩はより早かったかもしれませんが、単調で変化と個性に欠けた世界になっていたのではないかとも思われます・・・・。
 インターネットの進展は、英語の世界共通語としての役割をさらに飛躍させました。しかし一方では、世界各地で、英語主体であったインターネットの分野に、様々な言語を適合させようとする試みが続けられています。結果として、今では驚くほど多様な言語のウェッブサイトが出現し、インターネットを通して、家にいながらにして数多くの言語を聞いたり、文字を見たりすることができるようになっています。
 筆者は言語学の専門家では決してありませんが、インターネットを通じて驚くほど多様な言語に接することができることに感動し、当サイトを作りました。標準的なパソコンでは、サポートされている言語(文字)はさほど多くはありませんが、各種の言語のフォントを無償でダウンロードできるウェッブサイトも存在していますので、実際に自ら各種のフォントをダウンロードした上で各言語のサイトにトライしてみました。その集積が当サイトです。
 生きた言語に接することができるように、各種の言語のサイトは新聞およびニュースを含む更新頻度の高いものを中心にして集めました。また、各種のフォントのダウンロードに関する情報もまとめておきましたので、参考にしていただければと思います。
 さらに、特殊なフォントを揃えていなくても、様々な言語が一体どのような言葉なのかが閲覧できるように、言語別に新聞のサイトを画像ファイルに落としたサンプルページを展示し、一種の言語の博物館を目指しました。
 インターネットが、世界の、いかに多様な文化を結んでいるかということを、読者の皆様に感じ取っていただければと存じます。

 なお、筆者の力量の不足によって、記述内容の誤りや舌足らずの部分もあるかと思いますし、日進月歩で急速に普及が進むインターネットの世界ですから、筆者が知らないサイトも無数に有るかとも存じます。お気づきの点がありましたら、遠慮無く申し付けていただければと存じます。


2001年1月、「言語の杜」管理人 長瀬博之 
    mail@languagemuseum.com    


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